BYD:六大陸に広がる海外生産網 世界の自動車産業の勢力図を塗り替える

(李達・東京報道)2026年6月、ハンガリー南部セゲドに建設中のBYD(比亜迪)欧州初の乗用車工場は、設備の搬入・調整が大詰めを迎えている。量産開始は当初予定の2025年末から約1年遅れたものの、2026年第4四半期に完成車の組み立てを正式に始める見通しだ。最初の量産モデルは、中国国内で「海鴎(シーガル)」として知られる小型EV「Dolphin Surf」となる。

また、BYDはブラジル工場への投資額を30億レアルから55億レアルへ引き上げ、2026年までに生産能力を15万台から30万台へ拡大する計画を発表した。

タイでは、2026年5月にラヨーン工場の累計生産台数が10万台に達した。稼働開始から2年足らずでの達成であり、BYDの海外生産の加速を象徴する節目となった。

2026年上半期、BYDの世界展開は一段と加速している。海外生産網と市場展開はすでに六大陸に広がり、事業は119の国・地域に及ぶ。「中南米が牽引し、欧州で突破口を開き、アジア太平洋の複数拠点で拡大する」という海外戦略の構図が鮮明になりつつある。

生産拠点の配置:世界規模の世界規模の生産網が姿を現す

BYDは2026年の海外販売目標を150万台に設定している。北米から豪州、欧州から日本まで、BYDは「世界の市場を世界の生産体制で支える」という戦略のもと、中国自動車メーカーの海外展開に新たな局面を切り開いている。

アジア:タイ・ラヨーン —— 海外初の乗用車工場

ラヨーン県に位置するタイ工場は2024年7月に稼働を開始し、BYDにとって海外初の乗用車工場となった。着工から稼働までわずか16カ月、年間生産能力は15万台。プレス、溶接、塗装、総組み立ての4工程に加え、部品生産も担い、約1万人の雇用創出が見込まれている。

稼働初日には、BYDの新エネルギー車累計800万台目となる車両がこの工場でラインオフした。現在は「Dolphin EV」の欧州向け輸出も始まっており、第2期計画では生産能力を30万台に引き上げる予定だ。タイは長年、トヨタやホンダなど日系メーカーの生産拠点として知られてきたが、BYDの参入により従来の構図は揺らぎ始めている。

一方、ウズベキスタンのジザフ工場でも2024年6月27日、初の量産車「Song PLUS DM-i」がラインオフした。第1期の年間生産能力は5万台を見込む。

欧州:ハンガリー・セゲド —— 欧州初の乗用車完成車工場

BYDは2016年、ハンガリーのコマーロムに商用車バス工場を建設し、2017年に稼働させた。これが同社にとって欧州で最初の生産拠点である。

セゲド工場は、BYDが欧州に設ける初の乗用車完成車工場となる。2024年1月に土地の予備購入契約を締結し、当初予定からは遅れたものの、2026年第4四半期に組み立てを正式に開始する予定だ。投入モデルは「Dolphin Surf」。BYDのステラ・リー(李柯)執行副社長は、ハンガリー工場を同社の欧州戦略における最重要案件と位置づけ、長期的には年間15万台以上の生産能力を目指すと明言している。

アフリカ:モロッコ・タンジェ —— アフリカ初の自動車生産拠点

タンジェ・テック・シティに位置するモロッコ工場は、敷地面積50ヘクタール。2021年に正式稼働し、年間生産能力は10万台とされる。モロッコはアフリカ大陸への玄関口であると同時に、欧州に近接する戦略的拠点でもある。EUとの自由貿易協定(FTA)や米国との関税優遇措置を活用し、北アフリカから欧州市場までを効率的にカバーできる。

米大陸:ブラジル・カマサリ —— 海外最大の単一市場向け生産拠点

ブラジルはBYDにとって最大の海外単一市場となっている。2026年4月、BYDはブラジルの自動車小売市場で単月1万4911台を販売し、首位に立った。新エネルギー車ブランドが同国の小売販売台数で首位となるのは初めてである。ルラ大統領もBYD車のオーナーで、2024年1月に「Tang EV」を取得し、2025年10月には王伝福会長から「Song Pro」を贈られている。

バイーア州カマサリの主力工場への総投資額は55億レアル、約72億3000万元。現在の年間生産能力は15万台で、段階的に60万台まで拡張する計画だ。「シーガル」「Destroyer 05」「Song Pro」などの累計生産台数はすでに5万台を超えている。2026年3月には、アルゼンチン向け5万台、メキシコ向け5万台の計10万台の輸出注文を獲得した。

北米:政策の壁をにらんだ迂回戦略

北米はBYDの世界戦略において最も特殊な市場である。市場規模は大きい一方、参入障壁は極めて高い。

商用車分野では、BYDは2013年にカリフォルニア州ランカスターで北米最大の電気バス工場を稼働させた。2026年には拡張工事が完了し、総面積は約4万2000平方メートル、年間生産能力は1500台に達した。これまでにカリフォルニア州で約800人のフルタイム雇用を創出し、工場は100%再生可能エネルギーで運営されている。

乗用車分野では、メキシコとカナダを軸とする迂回戦略を進めている。2025年、BYDはメキシコでEVおよびPHEVを約8万台販売し、同セグメントで約70%のシェアを握った。さらに2026年3月には、ブラジル工場からメキシコ向けに5万台を輸出することが決まった。

カナダでは2026年3月、中国製EVに対する100%の懲罰関税が撤廃され、年間4万9000台の輸入枠内で6.1%の最恵国待遇関税を適用する制度へ移行した。これを受け、ステラ・リー執行副社長は、BYDが2026年末までにカナダ市場へ正式参入し、トロント、バンクーバー、モントリオール、カルガリーなどで20店以上の販売店を展開すると発表した。

オーストラリア:最も成長が速い海外市場

オーストラリアは、BYDの海外展開で最も目覚ましい成果を上げている市場の一つである。2022年11月の参入以来、3年半足らずで累計納車台数10万台を達成し、中国自動車ブランドとして現地での最速成長記録を更新した。

2026年4月の豪州市場におけるBYDの販売台数は7702台で、トヨタに次ぐブランド別2位に浮上した。5月は8211台、6月は8156台と2位を維持し、6月のEV市場ではテスラを大きく上回った。現在、BYDは豪州で6車種のEVと5車種のPHEVを展開しており、主力市場での存在感を急速に高めている。

日本:最も攻略が難しい市場への挑戦

日本は「世界で最も閉鎖的な自動車市場」ともいわれる。販売上位10ブランドは国内メーカーが占め、国産車シェアは90%を超える。世界大手のフォルクスワーゲンでさえ、年間販売台数は3万台に届かない。

BYDは2015年に電気バスで日本市場に初参入し、2022年7月に乗用車市場への参入を発表した。2026年3月末までに、ATTO 3、DOLPHIN、SEAL、SEALION 7のEV 4車種と、PHEVのSEALION 6を投入している。2026年第1四半期の日本国内販売は前年同期比で倍増し、3月の登録台数は625台に達した。

一方、補助金制度の変更はBYDに逆風となっている。2026年初頭、日本政府はクリーンエネルギー自動車導入促進補助金のルールを見直し、BYD車への補助金は従来の35万〜45万円から15万円へ大幅に減額された。これに対し、トヨタ「bZ4X」は130万円、テスラは127万円の補助対象となり、車種によって最大115万円の差が生じている。

こうした逆風の中でも、BYDは販売網の拡充を進める。2023年1月の第1号店開業から3年余りで、全国8地域に70の販売拠点を構築した。さらに2026年夏には、日本市場向けに開発した軽自動車規格の新型EV「BYD RACCO(ラッコ)」を約260万円で投入する予定だ。商用電気バス市場では、すでに80%超のシェアを握っている。

戦略:「世界の生産体制」で「世界の市場」を支える

BYDの海外展開戦略の核心は、世界規模の生産体制によって各市場を支えるという製造業としてのスケール戦略にある。

従来の自動車メーカーが「まず輸出し、販売状況を見極めてから現地生産に移る」段階的な手法を取ってきたのに対し、BYDは需要が本格的に拡大する前から現地への大型投資に踏み切っている。この「生産先行型」の戦略を支えるのは、二つの確信である。

一つは、規模の経済への強い信頼だ。新エネルギー車の競争において、最終的な防御壁はコストであり、その源泉は規模にある。BYDは複数大陸で同時に生産拠点を展開することで、関税や政策が変動しても現地で生産し、現地で販売できる体制を整えようとしている。

もう一つは、垂直統合モデルの海外展開である。BYDの海外生産は、単なる完成車の組み立てにとどまらない。サプライチェーンそのものを現地に移す取り組みだ。タイでは車両だけでなく、バッテリーやトランスミッションも生産する。ブラジルでも、乗用車用バッテリー生産ラインは55億レアルの投資計画の中核をなしている。これにより海外工場は、単なる組立拠点ではなく、一定の産業集積を備えた製造拠点となる。

とりわけハンガリー工場の稼働は重要な意味を持つ。現在、中国製EVをEUへ輸出する場合、17.4%の相殺関税に10%の輸入関税が加わり、総税率は約27.4%となる。ハンガリー工場が稼働すれば、EU域内取引として関税負担を回避でき、1台あたり約5500〜8200ユーロのコスト削減が見込まれる。これこそが、BYDが欧州での現地生産を急ぐ最大の理由である。

課題:ブルーオーシャンか、それともレッドオーシャンか

BYDの生産網は世界各地へ広がっているが、重資産型モデルのリスクも明らかになっている。工場一つに数百億から数千億円規模の投資が必要となるため、稼働率が低下すれば財務への圧力は大きい。

ハンガリー工場の量産開始が当初計画より約1年遅れたことで、BYDは2025年から2026年にかけても中国からの輸出に頼り、高い関税を負担し続ける必要がある。2025年の欧州販売台数は約18万8000台で、前年比270%増に迫る勢いだった。1年の遅れによる追加関税コストは、数億ユーロ規模に達する可能性がある。

トルコでのプロジェクトの一時停止も、地政学リスクの複雑さを示している。トルコはEU関税同盟の枠外にあるため、EU関税を完全に回避することは難しく、BYDは投資配分の見直しを迫られた。同時に、欧州市場での競争も激しさを増している。BYDに適用される追加関税率は17.4%と、上海汽車の38.1%に比べれば低いものの、現地生産を早期に立ち上げる必要性は依然として高い。

北米の政策リスクも無視できない。米国は中国製EVに約100%の関税を課しており、市場は事実上閉ざされている。カナダは年間4万9000台の輸入枠を設けたが、枠を超えれば高率関税が復活する。さらにカナダ政府は、輸入枠を超えた拡大を望む中国メーカーに対し、カナダ資本が過半を占める合弁工場の設立を求めている。メキシコでの工場建設も、米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)の原産地規則による制約を受ける。

さらに深刻なのは、世界的に新エネルギー車市場の成長が鈍化しつつあることだ。かつての「ブルーオーシャン」が激しい価格競争の「レッドオーシャン」へと変わる中、BYDが世界各地に構築した大規模な生産網を高い稼働率で維持できるか。同社は今、海外展開の成否を左右する大きな試練に直面している。

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