奇瑞、多拠点展開でグローバル製造網を構築 「製品輸出」から「開発・生産・販売の現地化」へ
(Kelly・東京発)
2026年6月、奇瑞汽車(Chery)は海外展開で相次いで新たな布石を打った。まず日産自動車と覚書を結び、日産の英国サンダーランド工場が2027年度から奇瑞向けに完成車の受託生産を行う計画が明らかになった。続いて6月22日には、奇瑞のスペイン合弁工場が新たなM1生産ラインを稼働させた。全長696メートル、97の作業ステーションを備える同ラインでは、S400とS700の各種パワートレイン仕様を生産する。
同じ週、奇瑞は海外事業の最新成績も公表した。2026年1〜5月の累計輸出台数は75万2800台に達し、全体に占める輸出比率は68.38%となった。5カ月で70万台を超える輸出は、中国自動車メーカーの海外展開における新たな記録となった。5月単月の輸出台数は18万1900台で、前年同月比80.5%増となり、中国メーカーの月間輸出として過去最高を更新した。2026年初めまでに、奇瑞の累計輸出台数は節目となる600万台を突破している。
ただ、奇瑞の海外展開は単なる「車の輸出」にとどまらない。同社は研究開発から製造、販売までを含むグローバルネットワークを構築しつつあり、製品を海外へ売る段階から、開発・生産・販売を含む事業基盤を海外に根付かせる段階へ移りつつある。
世界に広がる製造・研究開発ネットワーク
BYD(比亜迪)の海外戦略の核心が「工場を建てる」ことにあるとすれば、奇瑞の特徴は「ネットワークを築く」ことにある。奇瑞は一つの国に巨大工場を集中建設するのではなく、複数の国にKD工場、研究開発拠点、販売網を同時に配置し、地域ごとの連携効果を高めようとしている。

同社はすでに「1+7+N」と呼ぶグローバル協調型のイノベーションネットワークを構築し、世界8カ所の研究開発センターと16のKD工場を展開している。研究開発面では、安徽省蕪湖の本社を軸に、欧州、北米、中東などを結ぶ体制を整えた。製造面では、海外生産拠点が東南アジア、南米、中東、欧州に広がっている。
奇瑞はこれまでに世界130以上の国・地域へ輸出し、欧州では18カ国の市場に参入した。現地採用の人材比率は85%を超える。2026年4月には、スペイン・バルセロナに初の海外地域運営センターを正式に開設し、同時にスペイン研究開発院も始動させた。重点分野は電動化、スマートモビリティ、持続可能性である。製品輸出から、現地に根差した事業体制へ。奇瑞のグローバル化は新たな段階に入りつつある。
外部資産を活用しながら、自前の生産網も築く
奇瑞のグローバルネットワークは、構想にとどまらない。欧州から東南アジア、南米、アフリカに至るまで、各地域で拠点が具体化している。自社工場もあれば、合弁運営もある。既存工場を活用した受託生産の枠組みもある。外部の生産資産を活用する戦略と、自ら生産拠点を築く戦略を並行させながら、主要市場をカバーする生産網を構築しようとしている。
欧州:外部工場の活用から現地生産体制へ
欧州は、奇瑞の2026年海外展開で最大の焦点である。2026年第1四半期の欧州向け輸出台数は10万5837台となり、前年同期比215.6%増加した。中国自動車ブランドとして初めて、単一四半期で欧州向け輸出10万台を超えた。1〜4月の欧州向け輸出は14万7771台で、前年同期比264%増となっている。
製造面で奇瑞が欧州で選んだのは、既存資産を活用しながら現地生産能力を確保する道である。
スペイン・バルセロナは、奇瑞の欧州展開における拠点の一つだ。奇瑞がスペインのエブロ・オートモーティブグループと合弁で運営するエブロ工場は、2026年6月22日に新たなM1生産ラインを稼働させた。全長696メートル、97の作業ステーションを備え、1台あたりの生産サイクルは約75分。現在はS400とS700の各種パワートレイン仕様を生産しているが、設計上は最大5車種に対応でき、2027年に投入予定の電気自動車向け生産余力も確保している。
この生産ラインの稼働は、エブロ・オートモーティブグループによる1億5000万ユーロ超の総投資の一部である。同工場にはすでに200台を超えるロボットが導入されており、溶接・塗装工程も段階的に取り込む計画だ。エブロ工場の生産能力は2027年に5万台、2029年には15万台へ引き上げられる予定である。
英国サンダーランドは、奇瑞にとって外部工場活用の新たな一手となる。2026年6月初め、日産は奇瑞の英国法人と法的拘束力を持たない協力覚書を締結したと発表した。計画では、2027年度4月から日産サンダーランド工場の第1ラインで奇瑞向け完成車を受託生産する。工場施設は引き続き日産が保有し、従業員も日産が雇用し続ける。
日産サンダーランド工場は英国最大規模の完成車製造拠点で、最盛期の年産能力は60万台に達した。しかし2025年の実際の生産台数は27万3000台にとどまり、稼働率は45.5%まで低下していた。奇瑞向けの受託生産は、日産にとっては余剰能力の活用になり、奇瑞にとっては少ない資本投入で欧州生産能力を得る手段となる。主流の日系自動車メーカーが欧州の中核市場で中国メーカーの自社ブランド向けに車両を生産するのは、これが初のケースとなる。
東南アジア:右ハンドル市場を支える二つの軸
東南アジアは奇瑞の海外販売を支える重要市場であり、右ハンドル戦略の中核地域でもある。
マレーシアは、奇瑞にとって東南アジアの右ハンドル市場を支える中核拠点である。シャーアラム工場は2025年6月に正式稼働した。2026年1月には、奇瑞マレーシア工場が東南アジア向けの完成車輸出を正式に開始し、第1陣として捷途(Jetour)ブランドのSUVがベトナムへ出荷された。今後はフィリピン、タイ、ブルネイ、シンガポールなどにも展開する計画だ。
奇瑞はマレーシアを東南アジアにおける生産・研究開発拠点に育てる方針を着実に進めている。さらに、セランゴール州のハイテク自動車都市に奇瑞スマートカー産業パークを設置した。敷地面積は約81ヘクタールで、初期の年産能力は10万台。将来的には30万台まで拡張できる余地を残している。
ベトナムは、奇瑞にとって東南アジアのもう一つの柱である。同社は8億ドルを投じ、ベトナム北部フンイエン省にASEAN地域で最大規模となる自動車工場を建設する計画だ。全面稼働後の年産能力は20万台に達する。2026年半ばにはベトナム工場が正式に稼働する予定で、左ハンドル車をベトナム国内市場に供給するとともに、東南アジアの他の左ハンドル国にも展開する。将来的には欧州向け輸出も視野に入る。奇瑞は2026年にベトナム市場で中国車ブランド首位となり、2030年には同国自動車市場全体で販売トップ3入りすることを目標に掲げている。
ベトナムとマレーシアを二つの軸として、奇瑞は東南アジアで「市場に入る」段階から「市場に根付く」段階へ移ろうとしている。
南米・アフリカ:新興市場の開拓
南米では、奇瑞はブラジル・サンパウロ州ジャカレイに年産15万台規模の工場を持つ。2017年以降はブラジルのCAOAグループと合弁を組み、ゴイアス州アナポリスにも第2工場を保有している。2026年2月までに、奇瑞のブラジル・サンパウロKD工場も正式に稼働を開始した。
アフリカでは、奇瑞は2026年1月に日産と合意し、南アフリカ・ロスリン工場の土地、建物、関連資産を取得することになった。取引完了は2026年半ばを予定している。奇瑞は同工場で2027年半ばに最初のSUVモデルの生産を開始し、年産5万台を目指す。南アフリカ国内の製造・サプライチェーン分野で3000人超の雇用を創出する計画も示している。奇瑞傘下の捷途(Jetour)ブランドも、2027年にロスリン工場でTシリーズの現地生産を開始すると発表した。
ロシア・中東:複数市場で同時展開
ロシアでは、奇瑞は四つの主要生産拠点を持つ。2026年1月、同社傘下のロシア専用ブランド「Tenet」は8949台を販売し、ロシア市場で3位に入った。5月のTenet販売台数は1万1511台となり、引き続き市場3位を維持した。
中東では、イランに二つの合弁KD工場を持ち、年産能力は30万台に上る。エジプトでは、奇瑞傘下の捷途(Jetour)ブランドがAl-Qasrawiと協力し、1億2300万ドルを投じて工場を設立した。ここではコンパクトSUVのT1とT2を生産する。
「開発・生産・販売の現地化」は世界市場の荒波に耐えられるか
奇瑞の海外展開モデルは明確な強みを持つ一方で、リスクと不確実性も小さくない。
第一に、国内市場の失速リスクである。2026年5月、奇瑞の海外販売比率は73.4%に達し、単月として過去最高を記録した。一方、国内販売は約6万6000台にとどまった。2026年、奇瑞の販売構造には大きな転換が起きている。かつて海外市場は「成長の柱」だったが、いまや「生命線」に近い位置づけになっている。海外比率が7割を超える状況では、どの地域であっても貿易摩擦が起きれば、年間の生産・販売計画に直接響く。奇瑞汽車の尹同躍董事長(会長)はこれまで、「国内が安定しなければ足元は固まらず、海外が強くなければ成長はない」と繰り返し強調してきた。現在の販売構造は、奇瑞が海外では強さを示し始めた一方で、国内の安定性にはなお課題があることを物語っている。
第二に、管理の複雑さである。十数カ国で工場、研究開発拠点、販売網を同時に運営するには、言語、法規制、文化の違いをまたぐ高度な管理能力が求められる。スペインからマレーシア、ブラジルからロシアまで、奇瑞は統一したブランド基準を保ちながら、それぞれの市場の特性に適応しなければならない。
第三に、規模の経済をどこまで発揮できるかという問題がある。BYDがタイやブラジルで大規模工場を集中的に建設しているのに対し、奇瑞の生産能力は複数の国に分散しており、各拠点の規模は相対的に限られる。マレーシアのスマートカー産業パークは初期年産10万台、スペイン工場の2027年目標は5万台である。単一拠点だけを見れば、BYD型の大規模集中生産が生むコスト優位には届きにくい。
第四に、欧州展開の不確実性である。スペイン工場は2029年に15万台の年産能力を目指すが、欧州市場の競争は激しさを増している。日産サンダーランド工場での受託生産についても、現時点では法的拘束力のない覚書にとどまり、正式量産までにはなお約1年の交渉期間が残る。EUによる中国製電気自動車への相殺関税、欧州地場ブランドの電動化による巻き返し、欧州消費者の「中国製」への受容度はいずれも変数である。
第五に、ブランドプレミアムの長期的課題がある。奇瑞は輸出台数では大きな実績を積み上げているが、欧州などの高価格帯市場では、ブランド認知度でフォルクスワーゲンやトヨタとの差はなお大きい。期待を集める星途(Exeed)、智界(Luxeed)ブランドの5月販売台数はそれぞれ5882台、3428台にとどまり、前年同月比で47.2%、31.4%の大幅減となった。高級化には商品力だけでなく、ブランドとしての蓄積と時間が必要である。
奇瑞の「開発・生産・販売の現地化」は、時間と忍耐、そして継続的な投資を必要とする長距離走である。世界をカバーする製造・研究開発ネットワークが本格的に機能し始めれば、奇瑞はBYDには容易に模倣できない「分散型の強み」を手にする可能性がある。



