【はじめに|レッテルを貼られた世代】
(アジア財経インサイト 記者・元音23日 東京)近年、多くの国で似たような社会変化が起きています。若者が住宅購入を先送りし、消費を控え、結婚や出産に消極的になるという現象です。
こうした行動はしばしば「寝そべり(躺平/タンピン)」や「努力不足」といったレッテルを貼られがちです。しかし、そのような道徳的解釈は、もっと重要な事実を見落としています。それは「経済構造が変化し、若者はそれに極めて合理的に対応しているだけ」ということです。
大多数の若者にとって、これらの選択は消極的な撤退ではありません。現実に基づいた「リスクマネジメント戦略」なのです。住宅価格の高騰、賃金の停滞、雇用の不安定、インフレの長期化。こうした多重の圧力の中、彼らは「努力(投入)」と「報酬(リターン)」の比率を再評価し、人生のペースと財務判断を調整し始めています。
「努力したくない」のではなく、「安心感のない構造に盲目的に資源を投じたくない」のです。今の世代は、より現実的で成熟した方法で、自分をコントロール不能な「深み」へ追いやることを避けているのです。

住宅価格と収入の乖離:合理的選択としての「消極的断念」
資産価格の上昇速度が賃金の伸びをはるかに上回るとき、「マイホーム購入」はかつての「努力で達成できる人生の節目」から、「大きな不確実性を伴うハイリスクな意思決定」へと変貌しました。
多くの若者にとって、マイホームはもはや「安定」の象徴ではありません。将来20〜30年にわたって自分を借金で縛る「重い約束」です。一度仕事が途切れたり、金利が上がったり、経済環境が悪化すれば、生活の安全網は一瞬で引き裂かれてしまいます。
このような構造下で、家を買わないという選択は、大人になることを拒否しているのではなく、「過剰な借金というリスク」から身を引き、返済不能な長期負債によって柔軟性と自由を失うことを避けているのです。
〈事例|ソウルの会社員が弾き出した「住宅価格の算数」〉
ソウルの金融業界に入ったばかりの新人、イ・ドクヘ(仮名)さん(26歳)は、現在の給与から計算して、住宅購入の頭金を貯めるだけで18年かかると気づきました。「私が怠けているのではありません。数字が『割に合わない』と教えてくれているのです」。彼女は長期賃貸を選び、コントロール不能なリスクを管理下に置くようにしました。
事例|台湾の若者に広がる「内覧後遺症」
不動産大手、永慶房産グループのデータによると、台北市の新築マンション(プレセール物件)の価格中央値は3,500万台湾ドル(約1億6,000万円)を突破しました。住宅価格はこの5年で29.3%上昇しましたが、家計可処分所得の中央値はわずか4.7%しか伸びていません。台北のエンジニア、ショウ・ギョクコウ(仮名)さんは3軒の物件を見学した後、購入を断念しました。「給料は年3%増えるが、家は年10%値上がりする。努力すればするほど差が開く」とのことです。家を買わないのは逃避ではなく、住宅ローンによって「人質に取られる」ことを避けるためです。努力が価格に追いつかないとき、諦めることは計算し尽くされた合理的判断となります。
消費の低迷:節約ではなく「期待値の下方修正」
人々の消費行動は自然と縮小しています。これは欲望が減退したからではなく、リスクに対する感受性が高まったことによる合理的な反応です。賃金の伸びが止まり、雇用が不安定になり、生活コストが激しく変動する中で、若者は支出を「欲しいもの(Want)」から「必要なもの(Need)」へと切り替えています。
かつて日常的だった消費――旅行、ガジェットの買い替え、外食や娯楽――は、「非必須支出」として再評価されるようになりました。これは怠慢ではなく、「収入と将来の保証が不透明な中、コントロールできる唯一の変数『支出』を管理する」というリスク管理です。
長期的な視点に立てば、こうした行動は単なる個人の財務戦略を反映しているだけではありません。それは、現在の経済構造そのものが、若い世代の「未来への信頼」にどのような影響を及ぼしているかを鮮明に描き出しています。
事例|日本の「低欲望」は性格ではなく環境
日本の若年層は、少額で確実性の高い消費を好み、負債や大きな買い物を避ける傾向にあります。支出は食費、通勤、基本的な生活に集中し、自動車や高級ブランド、高額な娯楽にはあまり流れていきません。日本の20〜35歳の若者の53%以上がローンを組んでおらず、クレジットカードの使用率も67%と、中国の同世代(86.6%)に比べて著しく低くなっています。
東京で働く会社員の小林麻衣さん(28歳、仮名)はこう語ります、
「旅行もグルメも好きですが、今は給与の大部分を家賃、生活費、そして貯金に回しています。車を買ったりスマホを最新機種に変えるのはリスクが高すぎます。将来の不確実性に備えて、現金を確保した方がまだマシです」
消費の低迷は、欲望の低下ではなく「リスク許容度の低下」ゆえです。消費行動は個人の性格ではなく、将来への信頼度を反映しているのです。
結婚と出産の先送り——その背後にある経済計算
結婚と出産は本質的に「長期的なコミットメント(約束)」であり、安定した経済・生活基盤を必要とします。しかし、現代の若者が直面しているのは、短期契約、ギグワーク(弾力的な雇用)、そして変動の激しい生活環境です。家庭を持ちたいと願っていても、収入の不安定さや養育コストの上昇という現実に直面せざるを得ません。
このような背景から、若者にとって結婚や出産の先送りは、決して冷たさや現実逃避などではありません。むしろ「合理的なリスクマネジメント」としての側面が強いのです。
彼らは、自らの負担能力と将来の不確実性を慎重に天秤にかけた結果、結婚や育児といった長期的なコミットメントを引き受ける前に、まずは経済的なバッファを築き、生活の基盤を安定させる道を選んでいるに過ぎません。
住宅価格が高騰し、生活コストが極めて高い多くの都市部において、若い世代の婚期や出産年齢が軒並み遅れ、「低欲望」や「低消費」なライフスタイルが合理的な選択の一環となっているのは、まさにこうした理由によるものです。
事例|イタリアの「結婚できない」現象
高い失業率と短期契約の蔓延が、イタリアの青年の自立を遅らせています。ラウラさん(32歳、仮名)はこう語ります、
「イタリアでは30歳を過ぎて結婚するのが普通です。彼氏と同居して2年になりますが、家賃も生活費も高く、仕事も不安定で貯金ができないので、結婚は考えていません」
彼女は笑いながらこう付け加えました、
「同居のほうが、自由にお互いを知り、人生を模索する余裕が持てます」
今や、結婚を唯一の選択肢と見なさない若者が増えています。彼らにとって、早期の結婚よりも、まず生活を安定させ、経験を積むことのほうが現実的で合理的なのです。 先送りは冷淡さからではなく、「不安定さを次世代に引き継ぎたくない」という責任感の表れでもあります。
「寝そべり」は、システムへの「退出」という回答
既存のシステムにおいて努力に対する見返りが低下したとき、個人は自然と投入戦略を調整します。長期的な献身が安定した賃金やキャリア、生活の保障を約束しなくなったとき、人々は伝統的な「成功への道」への投入を減らし、自分のエネルギーや時間を、よりコントロール可能で安心感を得られる領域に振り向け始めます。
こうした方向転換は、置かれた環境に対する合理的な反応であると同時に、社会制度や市場からのシグナルが個人の行動にいかに深い影響を及ぼしているかを物語っています。
決して「努力」そのものが無意味になったわけではありません。ただ、努力に対する「リターン」の仕組みそのものが、かつてとは一変してしまったのです。
事例|フランスの若者と「努力=成功」への不信
多くのフランスの若者は、無条件にキャリアを追求するのではなく、労働時間を減らしてクオリティ・オブ・ライフ(生活の質)を優先しています。30年前、フランス人の約60%が仕事を「非常に重要」と考えていましたが、現在その割合は24%まで低下しました。
スタートアップ企業で働く27歳のレオン(仮名)さんは、同世代より労働時間が短い一方、健康、趣味、社交を重視しています。
「努力しなくなったわけではありません。努力がそれに見合う報酬をもたらさないことに気づいたのです。以前は必死に長時間労働をしましたが、昇給も昇進もわずかで、生活が仕事に押し潰されるだけでした」
レオンの選択は、ある新しい流れを象徴しています。それは、若者たちがもはや盲目的にキャリアの成功を追い求めるのではなく、自身の投入する労力に対するリターンをより冷静に見極め、幸福感や自己成長、そして人生の自由を得られる領域にエネルギーを注ぐようになっている、という変化です。
彼はこう語ります、「リターンの低い努力を拒否することは、決して人生を諦めることではありません。むしろ、自分自身の人生の主導権を取り戻すための決断なのです」
【記者コメント】
彼らは寝そべってはいない。ただ、立ち方を変えただけ
元 音
若い世代の選択は、怠慢からではなく、「報酬構造の変化」から生まれています。努力が安定したキャリアや収入を保証しなくなったとき、リスクを下げ、慎重に計画を立てることは、最も理性的な行動となります。
彼らを「積極性が足りない」と非難する前に、自問すべきことがあります。「この社会は、努力すれば安定にたどり着ける道をまだ提供できているか?」「この世界は、若者にとって投資し、奮闘する価値のある未来を提示できているか?」
これは個人の選択の問題ではなく、経済、教育、社会制度全体が次世代に対して行っている「約束」と「見返り」が一致しているかを映し出しています。努力と報酬が切り離されたとき、「投入を減らし、リスクを管理する」という理性的選択は、若者にとっての必然的な戦略となるのです。




