カザフスタン、ユーラシアのデジタルハブへ
(元音・東京)
2026年7月、ジュネーブ。
国連主催の「AI for Goodグローバル・サミット」で、ある国のパビリオンに掲げられたスローガンが注目を集めた。「カザフスタン――ユーラシアのAI・デジタルハブ」。
中央アジアの内陸国が、自らをユーラシアのデジタルハブと位置付けている。
10年前なら、にわかには信じがたい話だったかもしれない。だが今、カザフスタンがデジタル分野で築いてきた基盤をつぶさに見れば、それが単なる野心ではなく、現実になりつつあることが分かる。
カザフスタンのデジタル化は、単なる電子政府の段階を越え、より踏み込んだ局面に入った。「デジタル政府」から「デジタル国家」へと進み、さらに「デジタルハブ」を目指している。
国際ランキングが示す実力
国連の「電子政府発展度指数(EGDI)2024」で、カザフスタンは世界24位となり、最高評価の「非常に高い」グループに入った。オンラインサービス指数は世界10位で、エストニア、韓国、デンマークなど、デジタル政府の先進国と肩を並べている。
オックスフォード・インサイツの「政府AI準備度指数2025」によると、カザフスタンは195カ国中60位となり、前年から16ランク順位を上げた。「域内で最もデジタル化が進んだ国」としての地位を固めつつある。マイクロソフトの世界AI普及ランキングでは、調査対象147カ国中70位。AI普及率は15.9%で、中央アジア首位となった。
こうした順位を支えているのは、着実に積み上げてきた具体的な成果だ。
公共サービスの90%以上がオンライン化されている。2025年のオンラインサービス利用件数は、全国で5,150万件に達した。「ソーシャル・ウォレット」事業は6,700校を対象とし、地方財政の支出を15~30%削減した。電子処方箋システムは1,300万件の処方を処理し、銀行取引の85%がキャッシュレス化されている。ITサービスの輸出額は11億ドルを突破し、前年比で約60%増加。提供先は110カ国を超える。
1991年に独立した国にとって、これは漸進的な改善ではない。構造そのものを変える飛躍である。
法的枠組みから国家戦略へ
2025年、カザフスタンは中央アジアで初めて「人工知能法」を制定した。同年には人工知能・デジタル発展省を設置し、デジタル発展を独立した政策分野として国家レベルに引き上げた。2026年には「デジタル・カザフスタン2029戦略」を正式に採択し、今後3年間のデジタル化に向けた工程表を定めた。
トカエフ大統領は2026年を「デジタル化・人工知能の年」と定めた。年次教書では、「今後3年間でカザフスタンを全面的なデジタル国家へ転換する」と表明している。
同時に、カザフスタンは2026年1月1日からユーラシア経済連合(EAEU)の議長国を務め、「連合の各分野における人工知能の活用」を主要な優先課題に掲げた。国内法の整備から地域の政策課題の形成まで、カザフスタンはデジタル分野の力を地域における発言力へと変えつつある。
相次ぐ大規模AIインフラ投資
「ハブ」は構想だけでは成り立たない。それを支える物理的なインフラが必要だ。
2026年7月、トカエフ大統領は上海で、カザフスタンが「データセンター・バレー」計画を進めていると発表した。計画地はエキバストゥズ市で、ハイパースケール・データセンターのほか、クラウドコンピューティングとAIの基盤となるプラットフォームを整備する。
数日後、エヌビディアが同計画への支援を表明した。カザフスタンはすでに、AIデータセンター向けに100億ドルを超える投資表明を取り付けている。250メガワット規模のこのAIデータセンター拠点は、カザフスタン、ひいては中央アジアのデジタルインフラを支える「背骨」と位置付けられている。同時期には、中央アジア初となるAIに特化した大学の設立準備も進められていた。同年6月には、SuperX AIがカザフスタンに1GW規模のAIコンピューティング・パークを建設する構想を打ち出した。
「データセンター・バレー」計画と国家戦略「デジタル・カザフスタン」を貫く論理は明快だ。データセンターは計算能力を生み出す物理的な基盤であり、計算資源はAI時代に最も価値を持つ資源の一つである。カザフスタンが目指すのは、「エネルギー輸出国」から「計算資源の輸出国」への転換だ。
デジタルでユーラシアをつなぐ
ハブの役割は、データを「蓄積する」だけではない。データを「流通させる」ことにもある。
2026年7月、カザフスタンは「統一デジタル輸送空間」の構築を提唱した。デジタルネットワーク上をデータが行き交うように、貨物も国境を越えて効率的に移動できる仕組みを目指す。同じ時期には、両国のデジタル経済融合に向けた具体的なモデルを築く「カザフスタン・中国デジタルブリッジ」構想も打ち出した。首都アスタナでは2026年10月、国際ITフォーラム「AI & Digital Bridge 2026」が開催される予定だ。
カザフスタンは、物流面での「ユーラシア回廊」から、デジタル分野の「ユーラシア・ハブ」へと進化しつつある。そこにモノ、データ、資本、技術が集まり、交わる。
デジタル・エコシステムの輪郭
2026年にカザフスタンがデジタル転換で上げた成果は、もはや個別の「プロジェクト」を寄せ集めたものではない。
同国には、法律(「人工知能法」)、戦略(「デジタル・カザフスタン2029」)、専門機関(人工知能・デジタル発展省)、国際的な評価(国連ランキング24位)、物理インフラ(データセンター・バレー)、輸出力(ITサービス輸出11億ドル)、地域での指導力(ユーラシア経済連合の議長国)がそろう。さらに、エヌビディア、中国、GITEX(中東・アフリカ・南アジア最大級のIT見本市)との国際連携も進む。
より重要なのは、これらの要素をつなぎ合わせ、一つのエコシステムを築こうとしている点だ。
コロンビア大学国際公共政策大学院(SIPA)が2026年にまとめた報告書は、カザフスタンが「すでに築いたもの」と、「その事実が世界にどこまで知られているか」との間に大きな隔たりがあると指摘した。だが、この認識の差こそが機会にもなる。
2026年7月、上海を訪問したカザフスタンのトカエフ大統領は、「いかなる国も、人工知能技術の単なる消費者にとどまるべきではない。すべての国に、自国のデジタルインフラと制度的能力を構築する機会が与えられるべきだ」と述べた。
抑制の利いた言葉だが、目指す方向は明確だ。カザフスタンは、ユーラシア大陸における単なる「デジタルの通過点」ではなく、デジタル基盤を自ら整え、提供する側になろうとしている。
ユーラシア大陸にまたがるこの国は、デジタル技術によって自らの位置付けを改めようとしている。物理的な世界で地理上の座標を変えるのではない。デジタルの世界に新たな座標を築き、ユーラシアのデジタル地図に新たなハブとして自国を刻み込もうとしているのだ。
道のりはまだ長い。だが、進むべき方向はすでにはっきりしている。



