東南アジアに足りないのは電力ではなく「一体化された電力市場」

KELLY=東京

東南アジアでは、送電網などの電力インフラに年間約290億ドルを投じる必要がある。しかし、実際の投資額は約110億ドルにとどまり、毎年約180億ドルが不足している。

この数字の裏には、より具体的な現実がある。2021~2025年には、ベトナム、タイ、インドネシアの再生可能エネルギー事業の50~60%が中止または停滞した。データセンター事業者からは、施設そのものを建設するより、送電網への接続を待つ期間のほうが長いとの声が上がる。運用開始から数年たつ国際送電ルートでさえ、その容量は中・大型データセンター1カ所分にも満たない。

コンサルティング大手ベイン・アンド・カンパニーと英金融大手スタンダードチャータード銀行は今年、東南アジアの電力需要と送電網の制約に関する共同報告書を公表した。報告書によると、データセンター、電気自動車、環境配慮型産業の集積により、2030年までに約100テラワットアワー(TWh)の電力需要が新たに生まれる。送電網整備の遅れが成長の大きな障害になりかねない。データセンターやEV工場、グリーン工業団地は1~3年で建設できる一方、それらに電力を届ける送電網の整備には少なくとも5年かかる。建設の速い施設が、整備の遅い送電網を待っている。

東南アジアに「電力が足りないわけではない」というのは、発電能力が現時点で最大の制約ではないという意味だ。本当の問題は、必要な場所へ、合意したルールと時期、価格で電力を届けられるかどうかにある。

送電線があってもフル稼働できない理由

東南アジアは国際送電に取り組んでいないわけではない。ラオス、タイ、マレーシア、シンガポールの4カ国で電力をやりとりするLTMS-PIPは、すでに数年の運用実績がある。2026年1月には第2段階の協定が締結され、国際電力取引の上限を100メガワットから200メガワットへ引き上げた。ラオスの水力発電による電力を、タイとマレーシアの既存送電網を通じてシンガポールへ送る。

200メガワットはどの程度の規模なのか。国際エネルギー機関(IEA)は、東南アジアのデータセンターによる電力需要が2030年までに現在の2倍以上になると予測する。AI向けサーバーラック1台の消費電力は40~200キロワットで、一般企業向けの5~15キロワットを大きく上回る。200メガワットで稼働できるAI向けラックは数千台程度で、中・大型データセンター1カ所分にすぎない。東南アジアでは、それをはるかに上回る数のデータセンターが建設または計画されている。

取引規模が小さい主な要因は技術ではない。送電線はすでにあり、4カ国の電力系統も接続されている。障害となっているのは、誰の電力を、どの国の送電網に流し、いくらで取引し、事故時に誰が責任を負うかというルールだ。第2段階の協定では、第三者の送電網を利用する「託送」の取り決めに多くの条項を割いた。ラオスからタイ、マレーシアを経てシンガポールへ電力を届けるには、各区間の託送料金、送電損失、責任分担を4カ国の規制当局が一つずつ合意しなければならない。わずか200メガワットのルートでも、実証段階から増強までに数年を要した。

地域全体でも事情は同じだ。ASEANは2045年までに域内送電網を全面的に統合する構想を掲げる。しかし、18件の優先国際連系事業のうち、完了したのは半数にすぎない。残る事業はすでに完成したものより難しく、各国間の調整コストが重くのしかかる。

承認された事業が止まる理由

ベインとスタンダードチャータードの報告書には、見過ごせない数字がある。2015~2025年に東南アジアの送電網投資は3%減少した。需要が増えているのに、投資は縮小している。

その影響は個別事業に表れている。ベトナム、タイ、インドネシアでは、認可を得た再生可能エネルギー事業の多くが系統接続の段階で止まっている。報告書は、電力購入契約の仕組みが不明確で、許認可のハードルが多く、接続ルールも複雑だと指摘する。発電所を建てることはできても、どこへ、いくらで送電し、電力会社が買い取るのかが着工前に決まっていない。投資家はいつまでも待てない。

ここからデータセンター自体は1~2年で完成するのに、系統接続にはそれ以上の時間がかかるという逆転現象も生じる。接続に必要なのは送電線1本ではなく、関係国や事業者が合意した一連のルールだからだ。

東南アジアには豊富な日射量があり、投資意欲も強い。報告書は、域内のグリーン経済が2030年までに2900億ドルから4300億ドルへ拡大する可能性があると予測する。一方、公表済みの環境関連設備投資5400億ドルのうち、「実行可能性の高い計画」があるのは約3150億ドルにとどまる。残りの資金に投資意欲がないわけではない。誰の電力を、どの送電網に流し、いくらで取引し、事故時に誰が責任を負うのか。送電網からの答えを待っている。

この4点で合意できなければ、送電線があっても容量いっぱいには使えない。ラオスの水力発電をシンガポールへ届ける技術的な経路はすでに開通している。電力は国境を越えられても、ルールは依然として国境内にとどまっている。

東南アジアに不足しているのは発電能力そのものではない。必要なのは、共通ルールに基づく一体的な電力市場である。

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