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木曜日, 2026-06-04
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北京から東京の教壇へ、17年の道

——早稲田美容専門学校でキャリアチェンジを果たした一人の中国人女性

李(り)先生に初めて会ったとき、彼女が「新卒」であるとは到底思えなかった。

落ち着いた話しぶり、穏やかな口調。焦ることなく、人生の荒波をくぐり抜けてきた者だけが持つ静かな佇まいがある。北京出身の彼女が来日したのは2009年3月。それから17年が経った。一人の人間が何度も人生の転換期を迎えるには十分な年月だ。それでも彼女自身、日本で再び学生になるとは思ってもみなかったし、ましてや卒業後に母校で教職に就くなど想像もしていなかった。

「私は26期の学生で、今年卒業したばかりです。国家試験も無事に合格しました」。そう語る彼女の口元には、微笑みが浮かぶ。

その軽やかな言葉の裏には、決して平坦ではない道のりがあった。

「安心のために」:社会人学習者の現実的な選択

李さんが美容の道を志したのは、世間がイメージするような「ファッションへの憧れ」や「美容師になりたい」といったロマンチックな衝動からではない。出発点は極めて質朴で、現実的ですらあった。

「ある程度年齢を重ねていたので、資格が何もないのは不安でした。手に職、資格を持っておきたいと思ったんです」。

これは、多くの社会人学習者に共通する心理だ。若い頃は情熱だけで職業を選ぶが、中年に差し掛かってからの選択は、確実性や安心感、そして将来にわたって自立していけるかどうかが重要になる。

彼女が最初に美容師免許を目指したのは、サロンの現場でバリバリ働くためではなく、エクステの仕事をしたいと考えたからだ。日本では、エクステの施術には美容師免許が必須となる。つまり、それまでの人生がどのようなものであれ、この業界に入ろうと思えば、教室に戻り、基礎から制度に則った訓練を受け直す必要があるのだ。

そうした背景から、彼女はインターネットで日本の美容学校を探し始めた。

「心が落ち着く場所」:見学当日に入学を即決

今の若者のように、ネットの口コミを何度も比較し、評価を確認してから決めるのとは対照的に、彼女の学校選びは直感的だった。

夏休みの最中、Googleで近くの美容学校を検索し、電話をかけた。対応した門馬先生の案内で学校を見学した。夏休み中だったため校内に学生はおらず、静寂に包まれていた。教室を回り、校内にある茶室も目にした。

彼女の印象に最も強く残ったのは、設備でも宣伝文句でも、カリキュラムの紹介でもなく、日本の文化が息づくその空間だった。

「茶室の設えに、とても日本文化を感じました。私自身、日本文化に興味があり、お茶を飲むことも好きだったので、直感的に惹かれたんです」。

「家から近い」ことが現実的な理由だったとすれば、茶室こそが彼女の足を止めさせた決定的な瞬間だった。彼女は後に、自分にとってこの学校の最大の魅力は「環境」、特に茶室だったと振り返る。

「あそこにいると、心がとても静かになり、落ち着くことができるんです」。

この言葉は、職業校というよりは、人生のリズムを整え直す場所を表現しているようにも聞こえる。門馬先生の丁寧な説明もあり、第一印象に確信を持った彼女は、見学したその日に入学を決めた。

「一日も休まなかった」:二年間貫いた皆勤の姿勢

正式に入学してみると、学習は決して楽なものではなかった。

しかし、彼女の姿勢はシンプルだった。毎日時間通りに登校し、遅刻も欠席もしない。特に国家試験の前は、毎日放課後も残って練習した。学校が開放されていない水曜日を除き、ほぼ毎日、土曜日も学校に来て腕を磨いた。

授業は朝9時から夕方4時まで。放課後の自主練習では、自分の苦手な部分を重点的にこなした。彼女が主に取り組んだのは、ワインディング(髪をロッドに巻く技術)などの基礎技術だ。

中国人留学生にとって、言葉の壁は避けられない。最大の難関は専門用語だった。カットやワインディングの角度、特有の言い回しなど、何度も先生に聞き直す必要があった。しかし、先生もクラスメイトも親切で、語学面でも大きな支えになってくれたという。

「入学してから、一日一日を本当に真面目に過ごしました」。そう語る彼女の言葉には、控えめだが確かな自負が滲んでいた。

「全くの想定外」:学生から教員への意外な転身

当初、美容師免許を取るのはあくまでエクステのためだった。卒業を前に就職活動もしたが、年齢的な面もあり、現場での接客サービス職には必ずしも馴染まないと感じる部分もあった。そんな時、学校側から「先生として残ってみないか」と声をかけられた。

「卒業後に学校で働くなんて、全く考えていませんでした。残ることができたのは、運が良かったのだと思います」と彼女は笑う。

「美容師」と「教員」、どちらの収入が高いかといった比較にはあまり関心がない。「私にとっては、仕事があること自体がとても幸せなことです。収入の多寡は気になりません。今は新卒で経験も足りないので、まずは経験を積みたいです」。

こうして、北京から日本へ渡り17年。彼女は美容専門学校の教壇に立つことになった。

「茶道との出会い」:文化融合という思わぬ収穫

この学校には茶道の授業があり、学生は自由に参加できる。李さんは1年生の時から卒業まで参加し続けた。卒業時には、校長が亭主を務め、皆で茶を点て、語り合う「初釜」のような行事も行われる。

「最初は茶道と美容が結びつくとは思っていませんでした。でも、美容を学びながら茶道に触れる機会があるというのは、素晴らしいことだと思います」。

在学中に茶道の資格を取ったわけではなく、あくまで体験としての学びだった。しかし、かつて彼女を入学へと導いたあの茶室は、今や教員としての日常の中で、彼女が「静かになり、落ち着く」ための大切な空間となっている。

「いつ始めても遅くない」:後輩たちへのアドバイス

「中国人留学生が日本で美容を学ぶのに、今は良いタイミングでしょうか?」という問いに対し、李さんの答えは明快だ。

「いつ始めても、決して遅すぎることはありません。学びたいと思った時が、スタートの時です」。

就職について、彼女はすでに在留資格を持っていたため特殊なケースと言えるが、多くの留学生にとってビザは事前の計画が必要な課題だ。

彼女の目から見て、日本の美容業界が他のアジア諸国と最も異なる点は、「伝統を重んじ、技術が非常にしっかりしていること。一つのことを細部まで突き詰め、極めていく姿勢」にあるという。

【評】中年留学とキャリアチェンジのもう一つの可能性

李さんの物語の記録すべき価値は、彼女が成し遂げた成果の大きさにあるのではなく、見落とされがちな「ある留学生グループ」を象徴している点にある。

このグループは、夢を抱いてやってくる18歳の若者でも、名門大学を目指す新卒生でもない。それは、30代、40代で、母国である程度の人生経験を積んできた大人たちだ。彼らの留学は「箔付け」のためではなく、「人生の次のステージで、いかに自信を持って安心して生きていくか」という極めて具体的な問題を解決するためのものだ。

李さんにとって、その答えは「国家資格」だった。しかし最終的に手にしたのは、資格以上のもの—:自分でも予想だにしなかった、新しいキャリアパスであった。 

この美容学校のユニークな点は、堅実な技術訓練、日本文化(茶道、着付け)、そしてSNSを通じた作品の発信という三つの要素を同時に提供していることだ。自己アピールは苦手だが技術は確か、という李さんのようなタイプの大人にとって、後者の要素は「見出される」ための貴重なチャンスとなる。

もちろん、彼女の道には17年の在日生活で培った語学力とビザという前提条件がある。これらを持たない留学生にとって、同じ道は依然として険しい。

しかし少なくとも、李さんの物語は一つの希望を示している。日本では、専門学校は若者のためのステップアップの場であるだけでなく、大人のための「再出発」の地にもなり得るのだ。鍵となるのは、ゼロから始める勇気、そして毎日遅刻せず、休まず、他人が休んでいる間も練習を続けるという誠実さにある。

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