AIブーム冷却後も、アジアの工場は熱を保てるか
(Kelly・東京)
2026年7月、世界の半導体市場では、一見すると矛盾するような数字が並んだ。
7月6日、米半導体工業会(SIA)は、5月の世界半導体売上高が1206億ドルに達し、前年同月比で104.1%増となったと発表した。前年同月比での増加は31カ月連続である。同じ日、アジアの主要チップメーカー各社の設備投資額は合計で1360億ドルを突破し、前年同期比で25%増加した。
ところが、ほぼ同じ時期に、資本市場では激しい調整が起きていた。フィラデルフィア半導体株指数(SOX)は6月22日の史上最高値から20%超下落し、弱気相場入りとなった。韓国総合株価指数(KOSPI)も6月中旬の高値から24%超下げた。メモリー関連銘柄では、兆易創新(GigaDevice)と佰維存儲(Biwin)が年初来高値からいずれも30%超下落した。
一方では生産ラインが昼夜を問わず稼働し、受注は2029年まで埋まっている。もう一方では株価が崖を転げ落ちるように下がり、レバレッジ資金が一斉に退いている。熱狂と冷却のはざまで、AIチップ産業にはいま何が起きているのか。
株価は下がっても、工場は止まらない
今回の株価下落について、多くの機関投資家は「テクニカルな調整」と位置づけている。産業サイクルが構造的な天井を打ったという見方ではない。
アムンディ・アセットマネジメント投資研究所のアジア担当シニア投資ストラテジスト、姚遠氏は、足元のSOX指数の下落やAI中核銘柄の大きな変動について、「比較的短期のテクニカルな調整であり、設備投資サイクルが構造的にピークアウトしたわけではない」と指摘する。ブラックストーンは2026年半ばの投資見通しで、AIはなお投資環境を塗り替える決定的な力だと位置づけた。モルガン・スタンレー・ファンドも、AI産業の成長トレンドは続いており、産業側の設備投資も大規模モデルの改良サイクルも高水準の活況を維持しているとみている。
株価の揺れは、むしろレバレッジ資金の巻き戻しという側面が強い。7月、SOX指数はいったん3カ月で倍近く上昇した後、わずか1カ月で20%下落した。半導体株の3倍ブル型ETFであるSOXLは、6月22日の高値から50%超下げた。ヘッジファンド向けサービスを手がける銀行幹部によれば、最近、大手ヘッジファンドはAI関連のエクスポージャーとレバレッジETFの持ち高を大幅に削減している。マニュライフ・インベストメント・マネジメントのシニア・グローバル・マクロ・ストラテジスト、邵宇婷氏は記者に対し、「現在の韓国市場の調整は健全なテクニカルな反落であり、主因はレバレッジ資金と市場心理にある。ファンダメンタルズの悪化ではない」と語った。
相場の上下は、工場の停止を意味しない。TSMCの2026年の設備投資額は、過去最高となる520億~560億ドルに達する見通しだ。サムスン電子とSKハイニックスも生産能力を拡大しており、増設分の多くはHBM(広帯域メモリー)向けである。韓国銀行は7月13日の書面回答で、「現在、半導体景気は拡大を続けている。主因はAIインフラ投資の急増によって半導体需要が伸び続けている一方、供給拡大の速度が需要の伸びに追いついていないことにある」と認めた。
株価は下がっても、生産ラインの灯はまだ消えていない。
本当のリスクは、生産能力、電力、人材に潜む
資本市場のセンチメントの振れはいずれ落ち着く。しかし、産業が抱える物理的な制約は消えない。
第一のリスクは、過剰生産能力という「ダモクレスの剣」である。SEMIのプレジデント兼CEO、Ajit Manocha氏は、遅くとも2029年までに、アジアで64カ所の新たなウエハー工場が稼働すると予測する。韓国銀行は7月13日の報告で、メモリーチップの供給制約が目に見えて緩和するのは2028年になる可能性があり、過剰供給リスクが表面化する時期は2028年下半期から2029年にかけてだと指摘した。大手各社の増産計画はすでに2029年まで組まれている。だが、需要がそこまで持続的に見合うかどうかは、誰にも保証できない。
第二のリスクは電力である。電力はAIチップ製造にとって、物理的な天井になりつつある。韓国・龍仁の半導体産業団地では、計画上の総電力需要が15ギガワットに達し、2040年までにさらに27.7ギガワットの電力を追加で確保する必要がある。これは新型原子力発電所およそ20基分の発電能力に相当する。マレーシアの後工程工場、台湾のウエハー工場、中国本土のサーバー組立ライン。AIチップ1個の背後には、巨額の電気料金請求書がある。電力は、いまや露光装置よりも手に入りにくい資源になりつつある。
第三のリスクは、人材の「空洞化」だ。KPMGの「2026年世界半導体産業調査」では、回答者の41%が人材不足を2番目に重要な課題に挙げた。マレーシアでは、高度半導体人材をめぐって設計人材の不足が深刻化し、一部の高技能人材はシンガポールへ流出している。中国では、集積回路産業全体で30万人規模の人材不足がある。機械は24時間動かせる。だが、一人前のチップエンジニアを育てるには、少なくとも5年はかかる。
第四のリスクは、地政学という「灰色のサイ」である。米中の技術デカップリングの流れは変わっておらず、欧州の炭素国境調整措置も本格実施を控えている。アジアの半導体サプライチェーンは、国際分業に深く依存している。日本が材料と装置を供給し、台湾がウエハーを製造し、韓国がメモリーを生産し、マレーシアが封止・検査を担う。このどこか一つの輪が切れれば、チェーン全体が止まりかねない。
アジアの位置は、もはや後戻りできない
リスクは現実に存在する。それでも、世界の半導体サプライチェーンにおけるアジアの位置は、すでに不可逆的なものになった。
アジアは、世界で最も裾野が広く、最も密度の高い半導体サプライチェーンを握っている。日本のフォトレジスト1本から、韓国のHBM 1枚、台湾のウエハー1枚、マレーシアの後工程、中国本土のサーバー1台に至るまで、ウエハー、先端パッケージ、高性能基板、パワー半導体、さらには電力供給やクリーンルームの空間までもが、産業発展を制約する「ハードな条件」になっている。そしてアジアは、そのほぼすべての「ハードな条件」の重要な結節点を押さえている。
TSMCのCoWoS月産能力は、2026年末までに12万~14万枚に達する見通しだ。サムスンとSKハイニックスは世界のHBM市場を寡占している。日本は19種類の主要半導体材料のうち14種類を握る。マレーシアは世界の封止・検査市場で13%のシェアを占める。中国本土は、世界のAIサーバーの主要生産基地である。この網はすでに編み上がっており、誰も簡単には解くことができない。
JPモルガンは7月13日の分析で、現在の半導体サイクルは上昇局面の3年目、すなわち後半に入っているものの、今回の需要トレンドは歴史的な水準をなお上回り続けており、実質的な供給能力の増加が現れるのは2027年末から2028年になるとの見方を示した。
SKグループの崔泰源会長は、さらに強気の予測を示している。来年のAI半導体需要は前年比60~100%増、メモリー半導体全体の需要も50~60%増になる見通しだという。一方で、各社は来年、実質的な生産能力拡大をほとんど計画しておらず、需給ギャップはさらに広がる可能性が高い。
AIはアジアを変えた。アジアの工場を昼夜なく動かし、アジアの労働者にかつてない賃金をもたらし、アジアのサプライチェーンを世界の中核へと押し上げた。
だが、アジアもまたAIを定義している。アジアの製造力がなければ、AIは実験室にとどまるアルゴリズムの束にすぎない。
相場は揺れる。資本は退く。それでも、生産ラインは止まらない。2026年、アジアの半導体メーカーの設備投資額は合計で1360億ドルを突破した。2029年までには、アジアで64カ所の新たなウエハー工場が稼働する見通しである。
過熱が冷めることは、消滅を意味しない。熱気が引いた後に残る工場、設備、プロセス、人材こそが、アジアにとって本当の富である。最も熱かった時期に追いつけなかった者は、最も冷え込んだ時期になって、自分がすでに引き離されていたことに気づくだろう。そしてアジアは、この最も熱い数年の間に、世界半導体サプライチェーンのあらゆる重要な結節点へと根を張ったのである。
【短評】
アジアの新章は、なお更新されている
この一連の原稿が世に出ようとしていたとき、太平洋の向こうから新たなデータが届いた。
AIモデル集約プラットフォームのOpenRouterでは、米国企業による中国AIモデルの利用比率が、処理データ量(トークン)ベースで2026年2月以降30%を超え、ピーク時には46%に達した。2025年上半期の約4%という水準に比べると、10倍を超える伸びである。
理由は単純だ。一部の中国AIモデルの利用料金は、米国の高性能AIの1%程度にすぎない。100万トークンを出力する場合、AnthropicのClaudeは25ドルかかるのに対し、人気の高い中国モデルDeepSeekは0.18ドルで済む。Coinbaseは中国の大規模モデルをエンジニアの標準ツールに設定し、米AIスタートアップのLindyはAIトラフィックのすべてをClaudeからDeepSeekへ切り替え、数カ月で数百万ドルを節約した。
米ブルッキングス研究所の研究者は、中国モデルと米国の最先端モデルの差はおよそ6~9カ月であり、特定のタスクではほぼ肩を並べていると指摘する。中国企業は「十分に優れた」性能と「1%まで下がった」コストによって、AI活用の費用対効果の基準を塗り替えようとしている。
チップからサーバーへ、封止・検査からAIモデルへ。アジアの物語は、すでに「製造」から「定義」へと広がっている。
この変化はまだ終わっていない。アジアの新章は、なお更新されている。



